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漢方薬の簡略歴史
Posted on June 25th, 2009 No comments中国の歴史上“神農氏が百種類の草を味見して、1日中70種類の毒に遭う”という伝説がある。これは中国古代の人は自然と疾病と闘っているうちに薬物を発見し、経験を積んできたプロセスを反映するものであり、また、漢方薬が生産労働から生まれた証拠でもある。
中国古代の夏、商、周の時代(約紀元前22世紀末から紀元前256まで)には、養命酒と煎じて飲む漢方薬が現れた。西周時代(約紀元前11世紀から紀元前771年)の「詩経」は中国の現存文献のうち、薬物を記載した最も旧い書物である。中国に残っている一番旧い漢方医の理論的典籍「内経」は“寒者熱之、熱者寒之”、“五味所入”、“五臓苦欲補潟”などの説を提出し、漢方薬の分野で基本的な理論の基礎を定めた。
今残っている最も古い医薬書「神農本草経」は秦と漢の時代(紀元前221年から紀元220まで)に、数多くの医学者が秦の時代までの豊富な薬学資料を収集し、まとめて書いた本である。「神農本草経」には365種類の薬が記載され、今でも病院で使用されている。この本の発表は中国の漢方医学の初歩的な確立を象徴している。
唐の時代(紀元618年から907年まで)では、経済が栄え、漢方医学の発展を促した。唐代の政府は世界初の医薬物の百科書に当たる「唐本草」の編集活動を完成した。「唐本草」に850種類の薬が記載され、そのうち、医薬品の絵も付け加えられ、漢方医学の仕組みを更に完備させた。
明の時代(紀元1368年から1644年まで)では、医薬学者の李時珍は27年にわたって、漢方医薬に関する優れた著作「本草綱目」を完成した。「本草綱目」に1892種類の薬が記載され、これは中国漢方薬史上最も偉大な集大成の著作となった。
1949年中華人民共和国が成立してから、漢方薬分野で植物学、鑑定学、化学、薬理学と臨床医学などの研究が広く行なわれ、これらは医薬品の出所、医薬品の選別、医薬品効能の解釈に科学的な証拠を提供した。関係部門は全国で医薬品の出所を調査した上で、1961年全国及び地方の「漢方薬誌」を編集した。これと同時に、1977年に「漢方薬大辞典」が出版され、中国漢方薬典籍に記載された漢方薬の数が5767種類に達した。この時代、各種類の漢方薬の辞典、漢方薬専門の著作及び関連する新聞紙と雑誌が相次いで出版され、数多くの漢方薬の研究所、教学と生産工場もどんどん現れてきた。


